すこしながいはなし

SNSに書くには少し長い話

学生時代に傍にあった曲たちを『懐メロ』として受け入れる

私はパソコンで作業をしているときになんらかのBGMを流していることが多い。
あまり元気のないときは環境音に近いものを、わりと元気があるときはラジオの音楽番組か、購入したCDからデジタル形式に変換した音楽を聴いている。しかしここ一年は上記のどれもピンとこない日が出てきた。
そこで気分を変えるために、YouTubeMusicで見つけた往時にヒットした邦楽詰め合わせリストみたいなものを再生することもある。私は自分が学生生活を送っていた、1980年代半ば~2000年あたりに音楽に触れていることが多かったので、無難な選択で1990年代のヒット曲リストを選んでいる。流れる曲はその当時に好んでいたかどうかはさておき、耳なじみのある曲ばかりであり、どの曲を聴いても懐かしさを感じている。
それを思っていると、その昔あった『懐メロ番組』の存在を思い出した。

1980年代の中頃には、春秋の番組改編時期や年末年始となると、『懐メロ番組』と呼ばれる2時間番組が時折放送されていた。
そこで流れる曲は、昭和になったころから昭和20年代中頃までの流行歌である。そしてよほどの事情がない限りオリジナル歌唱のご本人が歌っていた。
ものまね番組で辛口のコメントを出す淡谷のり子さん、のちに国民栄誉賞を授与される藤山一郎さんが、10年ほど前のVTRと比べても衰えることのない歌声を披露していた。その声を聴き背筋の通った姿を見ると「なるほど『先生』と言われるだけあるなあ」と子供心に思ったものである。
メインとなる視聴者層は、おそらくは大正生まれ、若く見積もっても昭和一桁生まれだったろう。それでも家族で見られる娯楽がテレビがメインだったこと、ジャンル問わず歌番組を見る家庭であったことから、その時のヒット曲番組を見るのと同じように私は見ていた。
1990年代に入ると、音楽番組そのものがテレビの主役から降りて行ったこともあり、このような『懐メロ番組』も徐々に見かけなくなっていった。この文章を書いている2026年時点で、私が知っている形式での『懐メロ番組』はBSチャンネルで見かけることくらいのものである。地上波と呼ばれるテレビの音楽番組では、往年のヒット曲を取り上げるコーナーを一部の時間で儲けている。その場合はオリジナル歌手が歌うことよりも、現在人気の歌手によるカバーが多いように思う。そして往年のヒット曲として1990年代、それも1990年代後半のヒット曲が取り上げられる機会が増えている。
ああ、私にとって耳なじみがある、学生時代に傍にあった曲たちは今や『懐メロ』なのだ。

『懐メロ』として改めて1990年代の曲を聴いてみる。
歌詞に使われる言葉の組み立てであったり、歌唱法であったり、使用される楽器の種類であったり、前奏に使われるフレーズに、なんとなく「当時の共通の雰囲気」を感じてくる、気がする。
当時はジャンルのカテゴライズがはっきりしていて、音楽の興味やどこに住んでいるか、あるいは社会での立ち位置で聴く音楽が異なっていた記憶がある。しかし30年ほどたつ今となっては、当時熱心に聴いていたのがどのジャンルであったとしても感じる懐かしさは、その音楽に紐づく記憶の濃淡による差のほうが大きい。
あの当時の特定の音楽やミュージシャンの好き嫌いは今でも残っているものの、あの時代に一緒に会った記憶の一部となっていて、かつてほど聴くことに抵抗感はなくなっていた。
そのうえで今さらながら、かつての『懐メロ番組』を視ていた祖父母や両親は、あの番組に流れる曲が全部好きだったわけではないことに気が付いた。なんでこの年になるまで気が付かなかったのだろうと、自分の思慮の浅さに愕然としている。あの当時は好きではなかった歌も、年を重ねるにつれて自分の記憶の一部となり、自分の好き嫌いとは異なる心持ちで聴けるようになっていたのだろう。

私が学生時代に傍にあった曲たちを、面と向かって他人から「あなたが聴いている曲は『懐メロ』です」と言われたなら、冷静に「そうですね」と受け流せる自信はまだ持ち合わせてない。それでも当時の好む好まざるに関わらず、懐かしさという新たな視点から聴くことができるようになった自分に驚きがある。
それは決して「老化」ではなく、人生を積み重ねたことによる「発見」である。年を取って新たに別の視点を得られるようになるのだから、年を取ることもまた楽しいことである。